人生楽しみ中。

楽しかったこと、思ったこと、自由に書いてます。

顔で笑い心で泣いて

「適応力」とは

うまく立ち回れる力かもしれないし

誰とでもそつなくコミュる力かもしれないし

オールマイティーな能力を持ってることかもしれないが、

 

私が思うのは、

「何があってもたぶん私は大丈夫、どうせなんとかなるし誰かも助けてくれるのだから」

という、緩いけど揺るぎのない脱力と無限の信頼が、適応力だと思う。

 

何があっても大丈夫と知っていれば、選んだり避けたり無理にする必要もなく、流れと思いのままに流れていけるのだから。

状況も能力もクソもない。根拠のない信頼と安心。それだけが適応力。

 

そう思う。

 

ちひろさん風に言うと

「心を枯らさなければ、どこにだって私の居場所はできるわ」ってやつ。

 

これだと思うよ。

 

「何があっても耐えて見せるわ」って、悲劇に酔うこととはまた違う。それは違うのだ。

何があっても大丈夫ってことと、耐えるってことは、必ずしも同じでないのだから。

逃げても大丈夫、ヘタこいても大丈夫、そういうこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この人生でなきゃイヤだ」

と思うのも勝手だけど、

 

「なんかわかんないけど予測のつかない楽しそうな方向に流れていきたい」

「なぜなら、どうせ私はなんとかなるのだから」

 

そんな方向で生きたい。

 

 

人生はいつもカタい予測や計算やちっぽけな頭でこねくった算段などをかっ飛ばした真逆の方向へ進んでいく。

どうでもいいことならどうでもいいことであるほど、そうである。

 

たまにはどうでもよくないと思うことがうまくいかなかったりもするけど、それもどうでもいいのだ。究極は。私は生きているのだから。

 

でもたまに「何であろうと自分はこうする、どんなに時間が掛かっても」という固い決意が生まれることがあって(いつもじゃない)、

そういう時ははるかにさっさとうまく願った方向へ流れてくれたりもする。

 

 

結論:人生なんてよくわからん

だから流れ、楽しむ。味わい終わる。それだけなのだろう。

 

 

とにかく今日も生きてる。

 

私の存在を周りの人が認めている。

 

守られている。

 

大切にされている。

 

満足。